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大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)36号 判決

原告 木下銓吉こと朱 山石

被告 大阪東労働基準監督署長

訴訟代理人 渡辺丸夫 ほか二名

主文

一  被告が原告に対し昭和四二年三月九日付をもつてなした労働者災害補償保険法による休業補償給付の不支給処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

主文同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四〇年三月一日から労働者災害補償保険法(以下労災保険法という)第三条第一項第二号に規定する強制適用事業の事業主である戸田建設株式会社大阪支店に雇われ、同会社の鴨野材料置場で建築資材の管理にあたつていたものであるが、昭和四〇年一一月一七日ごろの午後四時ごろ右材料置場の高さ約一・五メートルのパネル塀(コンクリート固め用枠板を横に連ね塀の代用として使用していたもの、以下同じ)の前で足場丸太をトラツクに積込む作業をしていたところ、突然パネル塀が倒れ、中腰で丸太を抱えようとしていた原告の左後頭部にあたつた。右打撲により原告は一時めまいがしたのでその場にうずくまつて安静を保ち、直ちに右材料置場内にあつた自宅に帰つて床についたけれども、夜中に後頭部と頸部が痛み出した。その後二、三日、原告は気分が勝れないままに他の現場へ出て働き、同年一一月二一日は大阪市東区高麗橋一の一日本経済新聞大阪本社新築工事現場で廃石などの後片付けをした後、休憩室で昼休みの休息をとつていたところ、突然意識不明となり、左上下肢が麻痺したので、直ちに大阪回生病院へ入院して診断を受けた結果、脳出血、左偏癰と診断された。翌二二日原告は強度の意識混濁状態となつたので右病院から大道病院に転医し、以後、業務を休んで治療にあたり後記昭和四一年七月二二日当時においても療養に専念していた。すなわち、原告は昭和四一年三月三〇日まで大道病院に入院し、退院後は自宅で往診を仰いで療養したけれども結果が思わしくなかつたので、同年四月一日から、さらに北野病院に入院して治療にあたつた。右治療によつて原告の意識は清明となつたが、左上下肢の麻痺は持続し、北野病院の診断では原告は左半身麻痺(左上下肢の運動障害および左側頭部、左上肢の知覚異常)のほかに右眼失明、左眼力障害があり、右疾病(以下本件疾病という。)は半永久的に残存すると診断された。

2  そこで、原告は昭和四一年八月一八日被告に対し労災保険法にもとづいて昭和四〇年一一月二一日から昭和四一年七月二二日までの休業中の休業補償給付を請求したところ、被告は昭和四二年三月九日原告の本件疾病は業務上の事由によるものとは認められないとして右補償給付を行わない旨の処分(以下本件処分という)をした。原告は右処分を不服として大阪労働者災害補償保険審査官に対し審査請求したが同年七月一〇日付をもつて棄却されたので、さらに同年九月二七日付をもつて労働保険審査会に対し再審査の請求をしたけれども、昭和四四年一月一八日付をもつて再審査請求も棄却された。

3  しかしながら、原告の本件疾病は前記昭和四〇年一一月一七日ごろの受傷に基因する業務上の疾病と認めるべきであるから、本件疾病を業務上の事由によるものでないとして原告の前記休業補償給付を支給しないこととした被告の本件処分は違法の処分であるから、原告は右処分の取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否と主張

1(一)  請求原因1項中、原告が労災保険法の強制適用事業主である戸田建設株式会社に雇われ同会社の鴨野材料置場で建築資材の管理に従事していたこと、右材料置場で高さ約一・五メートルのパネル塀が倒れるという事故があつたこと、原告が昭和四〇年一一月二一日、主張のように意識不明となつて倒れ、直ちに大阪回生病院に入院して診断を受け、翌二二日大道病院に転医し、以後、昭和四一年三月三〇日まで同病院に入院し、また、同年四月一四日北野病院へ転医(ただし、入院したのは四月二〇日で退院したのは九月七日である)したこと、原告は北野病院退院時において左上下肢に運動障害があつたこと、はいずれも認めるが、その余の事実は不知、なお、事故があつたのは昭和四〇年一一月一四日である。

(二)  同2項は認める。

(三)  同3項は争う。

2  かりに、原告主張のように倒れたパネル塀が作業中の原告の頭部にあたつたとしても、その打撲の程度はごく軽微で原告が受傷するほどのものではない。すなわち、原告は当時ヘルメツトをかぶつていたがそのヘルメツトは事故によつてなんら損傷されていないし、パネル塀の倒れ方も倒れかかつてきたという程度にすぎず、それによつて原告はなんら意識障害を惹起していない。それに、原告は妻がその場に居合わせたのに事故があつたことを告げていないうえ、その晩は平常どおり飲酒し、それ以後発病までの約一週間は頭痛などを訴えたことも医師の診察を受けたこともなく、また仕事も休んでいない。

3  原告の本件疾病は原告が罹患していた高血圧症が自然発生的に脳出血に進展したものである。原告は、かつては一度に多量の飲酒を常用し、本件事故当時も晩酌として毎晩コツプ二杯(一合五、六勺)の飲酒をしていたうえ、本件発病以前から健康診断の結果「要加療、要注意」の診断を受けた高度の高血圧症を患つていた。高度の高血圧症が脳出血に至る可能性が高いことはいうまでもないから、かかる場合、原告の本件疾病が業務上の疾病となるためには業務上の災害が原告の身体もしくは精神に対し著るしく負担となりうる程度のもの、換言すれば、当該災害が疾病をその自然発生または自然的増悪に比し著るしく早期に発症もしくは急速に増悪させる原因となつたものと認めるにたりるものでなければならない。しかるに、原告が受けた頭部打撲の程度は既述のとおりきわめて軽微で、とうてい脳出血発症の原因となりえないものであるから、本件事故をもつて脳出血発症に影響ある負担ということはできない。結局、原告の本件疾病は基礎疾病である高血圧症が業務上の事由によらない他の原因によつて自然発生的に脳出血に進展したものとみるのが相当である。

4  もつとも、西村周郎の鑑定は、原告の本件疾病について外傷性遅発性脳出血もしくは外傷性脳栓塞症の可能性がきわめて大きく、高血圧性脳出血の可能性は完全に支持できないとし、支持できない理由として(一)原告の発病直後の血圧二一八-一一〇ミリは高血圧症によらない他の原因で脳出血などが起こり脳圧が高くなつた結果によることもありうる、(二)また、原告の北野病院入院中における血圧は降圧剤の投与がないのにまつたく正常であつたから、原告は発病当時においても高血圧症に罹患していなかつたと推測できるとしている。しかしながら、血圧上昇の原因が高血圧症以外の原因によることがありうるとしても脳圧が高くなると逆に血圧が降下する場合もありうるのに、発病直後の昭和四〇年一一月二一日の原告の血圧は二一八-一一〇ミリという高血圧を示し、しかも、当日は正常の勤務をしなんら脳圧の亢進を示す微候は認められなかつたのであるから、発病当日の原告の高血圧は原告が本来有していた高血圧症によるものと考えるのが自然である。また、原告の北野病院入院中の血圧は昭和四一年五月六日は一四〇-八〇ミリ、六月九日は一四八-八五ミリ、七月一日は一五二-九五ミリ、退院後の一〇月一五日は一四二-八〇ミリであり、一般に脳出血患者が入院して安静を保ち、塩分を制限した食事を摂取すれば一〇ないし二〇ミリ程度の血圧は容易に降下するものであるから、右入院中の原告の血圧から直ちに発病当時にも原告が高血圧症に罹患していなかつたと推論することは正確でない。したがつて、原告の疾病につき高血圧性脳出血の可能性を完全に支持できないとした西村鑑定はその根拠において十分納得するにたりるものではない。さらに、西村鑑定は意識障害をきたさないような軽度の頭部外傷によつても原告の本件疾病が発症しうることを理由の一つとして原告の疾病が外傷性のものである可能性が大であるとしている。しかし、頭部外傷が軽度の場合であつても、それによつて脳の血管が損傷されて始めて脳出血などになるものであるから、この場合の頭部に与える衝撃の程度はたとえ軽度といつても瞬間的には意識障害を惹起する程度のものでなければならない。しかるに、原告が蒙つた打撲の程度は既述のとおり軽微で、西村鑑定がいうように「枠板が倒れ後頭部にあたりその下敷きになつた」程度のものではなく、枠板が倒れかかり、それによつて後頭部が押された程度の、つまり、むち打症の際に加わるような力が作用したもので、原告の事故による症状は頸部捻挫が主症状であつたものと推察される。したがつて、この程度の打撲によつてはとうてい脳の血管を損傷するにたりないものであるから、脳出血などが発症する可能性はない。

これを要するに、西村鑑定は原告の疾病が高血圧症脳出血であるとする被告の主張を否定する理由に乏しいものである。

5  よつて、原告の請求は失当である。

三  被告の主張に対する原告の反論

かりに、原告の本件疾病が既存の血管胞弱性にも一部起因するところがあつたとしても、それだけでは症状が発現せず、受傷が原因である蓋然性が極めて大である場合(鑑定人西村周郎の鑑定結果参照)であれば、受傷と疾病との因果関係は肯定されてしかるべきである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告が労災保険法の強制適用事業主である戸田建設株式会社に雇われ、同会社の鴨野材料置場で建築資材の管理に従事していたこと、昭和四〇年一一月中旬ごろ右材料置場で高さ約一・五メートルのパネル塀が倒れる事故が発生したこと、原告が昭和四〇年一一月二一日日本経済新聞大阪本社新築工事現場で廃石の後片付けをした後の昼休み休憩中、突然意識不明となつて倒れ、直ちに大阪回生病院に収容され、以後、大道病院、北野病院に入院するなどして治療にあたつたが左上下肢に運動障害があり、後記昭和四一年七月二二日当時においても治らず、なお治療を継続していたこと、昭和四一年八月一八日原告は被告に対し右疾病は業務上の事由によるものとして労災保険法にもとづき昭和四〇年一一月二一日から昭和四一年七月二二日までの休業による休業補償給付の請求をしたが、被告は昭和四二年三月九日原告の右疾病は業務上の事由によるものとは認められないとして右保険給付をしない旨の処分をしたこと、右処分を不服とする原告は大阪労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが同年七月一〇日付をもつて棄却されたので、さらに同年九月二七日付をもつて労働保険審査会に対し再審査請求したけれども、昭和四四年一月一八日これも棄却されたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件災害と発病までの経過について

当事者間に争いのない事実に〈証拠省略〉および弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

原告は昭和四〇年一一月中旬の午後三時過ごろ大阪市城東区天王田町の戸田建設株式会社大阪支店の鴨野材料置場のパネル塀(コンクリート固め用枠板一枚の高さ約一・五メートル、幅約〇・六メートル、重さ約二〇キロを一〇枚位連らねたもの)の傍らでヘルメツトをかぶつて建築資材の丸太の片付作業に従事していたところ、その塀が突如倒れ、その一部がおりからうつ向き加減で仕事をしていた原告の後頭部にあたつた。一瞬、原告はその場にうずくまり立上るときは足元がふらついたがとくに異常を自覚しなかつたので、その日は夕刻までそのまま軽作業に従事した。しかし、同夜半ごろより後頭部から後首筋一帯にかけて痛み出し、その後も時折めまいがしたり頭痛が続いたので、それ以後常備の鎮痛薬を服用するなどしてすごした。そして、同年一一月二一日までは気分が勝れないままに前記鴨野材料置場の居宅から大阪市東区高麗橋所在の日本経済新聞大阪本社新築工事現場に毎日通勤していたが同年一一月二一日は原告は朝八時頃から右現場で廃石などの後片付作業に従事した後、同所で昼食をとつていた際、突然気分が悪くなり、それに左手足がしびれて左手で弁当箱を持つことも、立上ることもできなくなり、舌ももつれて満足に言葉が喋れなくなつた。そこで、原告は直ちに近くの大阪回生病院に運ばれ入院するに至つた。

以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠省略〉は〈証拠省略〉に照らして信用できない。

三  原告の本件受傷前の健康状態および発病後の症状について

当事者間に争いのない事実に〈証拠省略〉を総合すると次の事実が認められる。

原告は本件事故当時五七才で約二〇年前にはかなり大量の酒を一時に摂取していたけれども、事故当時ごろの飲酒量は毎晩コツプ二杯程度(約一合七、八勺)であり、昭和三七年ごろ一時肝臓を患つたこともあつたがそのほかとくに内臓疾患を患つたことなどはなかつた。原告は本件受傷前の昭和四〇年二月一日大阪中央病院で健康診断を受けた際、血圧が一九〇-一一〇ミリあつたため、高血圧症で要加療、要注意と診断されたが、その後、同年一一月一日大道病院で高血圧症で受診した際の血圧は一五〇-九〇ミリであつた。前記工事現場で倒れた直後、田丸整形外科で測定した血圧は一四八-八六ミリ、次いで大阪回生病院で検査した原告の血圧は二一八-一一〇ミリあり、それに、同病院に運ばれた当初の原告の症状は意識は鮮明であつたが左側鼻唇溝が浅く左口角は弛緩し、左上下肢に麻痺もあらわれていた。翌日(昭和四〇年一一月二二日)の原告の血圧は降圧剤などの投与により一六八ー七四ミリに下がつたけれども、左上下肢の麻痺や頭痛などその他の症状に変りはなく、同病院は原告の疾病を脳出血、左偏癰と診断した。原告は同日大阪回生病院から大道病院へ転医し、昭和四一年三月三〇日まで同病院に入院し、以後四月二二日までは自宅療養したが、同病院での初診時の原告は強度の意識混濁状態を示して左口角は弛緩し、左上下肢は完全に麻痺し血圧は一五〇ー九〇ミリで頭痛を訴えていた。しかし、その後降圧剤の投与を継続することによつて原告の血圧は次第に正常範囲に戻り意識も清明となり、退院時にはごくわずかながら左上下肢の運動障害の回復もみられた。原告はその後、昭和四一年四月一四日北野病院へ転医し、同月二〇日から頭部外傷後遺症の疑いで同病院内科に入院し同年一〇月二八日ごろまで加療を続けた。同病院での原告の血圧は降圧剤を投与せずにほとんど正常範囲にあつて入院時における脳血管撮影検査の結果では脳血腫、脳動脈瘤などは所見されなかつた。同病院は原告の疾病を外傷による脳循環障害とくに脳栓塞による左半身不随と診断した。ついで、原告は昭和四一年一二月一二日大阪労災病院の検診を受けたが、その際の原告の血圧は一五〇ー一〇〇ミリ(ただし、原告は問診に対し降圧剤を服用していると述べた)あり、また眼底検査の結果K-WII度(少し進んだ程度)の動脈硬化が所見された。同病院は原告の疾病は左片側麻痺で脳出血後遺症と診断した。原告は、さらに昭和四三年二月二三日から同年九月一日まで共和病院に入院したが、同病院での眼底検査によつても原告にはK-WII度の動脈硬化が所見され、また、血圧は降圧剤の服用なしに一五〇ー九ニミリであつた。同病院は原告の疾病は左片不全麻痒で外傷性頭蓋内血腫(悪急性硬膜外血腫または硬膜下血腫)後遺症と診断した。なお、原告は本訴における鑑定のため昭和四六年四月二七日から同年六月一日まで大阪市立大学附属病院脳神経外科に入院して諸種の検査を受けたが、その結果によると、原告の脳波は正常で頸椎症の疾患はないし、主要脳血管の偏位、閉塞などは所見されず、また、原告の動脈硬化度もさして著明なものではなかつた。

以上の事実が認められ、右認定に一部反する原告本人の供述の一部は措信できず、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。

四  本件受傷と本疾病との関連性について

(一)  原告の本件疾病は、前認定のとおり左側上下肢麻庫であるが、被告はこれは原告が既に罹患していた高血圧症が原因となつて自然発生的に脳出血に進展したものであると主張する。

しかしながら、〈証拠省略〉を総合すると、原告が前認定のように本件受傷前の昭和四〇年二月一一日の健康診断に際し高血圧症を指摘され、また、本件発病当時の血圧が二一八-一一〇ミリの高さを示し、さらに原告に少し進んだ程度の動脈硬化症がみられるところから、本件疾病が高血圧症(いわゆる基礎疾病)に起因する脳出血によるものとの可能性を全く否定しえないとしても、他方前認定のとおり、本件受傷前の昭和四〇年一一月一日の原告の血圧は一五〇-九〇ミリであり、それに著明な動脈硬化症も認められないうえ、発病当時の血圧二一八-一一〇ミリも高血圧症以外他の原因によつて脳圧が冗進した場合とみられないこともないし、また、その後加療中において前認定のように降圧剤の投与なくしてかなり長期間血圧が正常であつた事実に徴すると、原告は本件発病当時に少くとも自然的に脳出血に至る程度の高血圧症に罹患していなかつたと推認できるので本件疾病が高血圧症に起因して自然的に脳出血に進展したものとみられる可能性は極めて少ないものと認められる。

(二)  次に、外傷によらないで本件疾病を惹起する可能性の多い疾患として医学上推定できる脳栓塞、脳血栓については前掲諸証拠によれば、原告の既往の病歴、本件発病後加療中に施行された諸検査の結果、本件発病のけいいなどからみて、いずれも、その可能性は少ないことが認められる。

(三)  他方、鑑定人西村周郎鑑定の結果によれば、原告の蒙つた本件受傷の部位、程度(原告の後頭部に倒れた前認定のパネル塀の重量や右打撲後本件発病までの間原告に頭痛めまいの症状がみられたことからみても、打撲の程度が被告主張のような頸部捻挫程度の症状を生じたにすぎない軽微なものであつたとは直ちに断定し難く、他に前認定を覆えして被告の右主張を肯認するに足りる的確な証拠はない)、右受傷から発病までの期間などからみると、本件疾病は、むしろ、軽度の頭部外傷後ある期間を経て、損傷をうけて脆弱となつた脳の血管の一部が破裂し、脳の実質内に出血する、いわゆる外傷性遅発性脳出血であるか、あるいは、頭部外傷により内頸動脈などの内膜が損傷され、凝血片がある期間を経て脳の未梢血管を閉塞する、いわゆる外傷性脳栓塞による可能性が極めて大であることが認められる。

さらに、〈証拠省略〉に前掲鑑定の結果を比照すると、本件疾病は頭部外傷により主として内頸動脈などが損傷され、そこに形成された血栓が該動脈を閉塞して配下の血行障害を引き起こす外傷性脳血栓症によるものとの可能性も否定しえないところである。〈証拠省略〉によると、前認定のように原告には少し進んだ程度の動脈硬化症があつて、これが前記外傷による脳内血管の損傷を容易にしたことも推認できるけれども、前記鑑定の結果によると、本件のような程度の外傷により、右動脈硬化症がなくても前記遅発性脳出血が起りうるものとされているから、原告に右動脈硬化症があつたことは受傷と本疾病の関連性をみる場合さしたる重要性をもないと考えられる。

(四)  〈証拠省略〉は、原告の発病後僅か二日間の診療(大阪回生病院)の結果によるため、本件外傷との関連性を確定しえないと判断するものにすぎないから、とうてい前記(三)の認定を左右するに足りない。

また、〈証拠省略〉も、右回生病院から脳出血、左偏癰の病名で転医(大道病院)したため外傷による脳出血とは考えず、受傷と疾病との因果関係は不明なる旨の意見表明であつて、これまた前段(三)の認定を覆えすに足りない。

さらに、〈証拠省略〉は、原告に動脈硬化症と高血圧症が併存することを一応の前提としたうえ、本件疾病を惹起した脳内患部の位置は前掲鑑定の結果や〈証拠省略〉などと同じく脳内包と視床部分としながら、原告の受傷程度によつては、かかる脳内包部分に対する損傷を引き起こす可能性に疑をさしはさむものであるが、原告に少くとも自然的に脳出血に至る程度の基礎疾病たる高血圧症がなかつたと推認されることならびに原告の蒙つた前認定程度の外傷によつても脳内血管に対する損傷の可能が十分肯認できることは先きに判断したとおりであるばかりか、〈証拠省略〉前掲鑑定の結果と同じく本件疾病が右外傷による脳小血管の損傷に基づく血行障害へ進展したものとの推論も可能であるとし、本件外傷と発病との因果関係を全く否定し去つているわけではなく、医学上業務上外を判定する方法はないとして、いわば慎重かつ渋滞的態度をとつているに外ならない。したがつて、〈証拠省略〉も未だ前段(三)の認定を動かすに足りない。

(五)  ところで、労災保険法所定の保険給付の対象となる業務上の負傷ないし疾病といいうるためには、本件のようないわゆる災害傷病についてみれば、被災者に他に病的素因または基礎疾病があり、それが条件または原因となつて発病したと認められる場合であつても、同時に業務上の災害(受傷)と疾病との間に医学上相当程度の因果関係が認められるかぎり、それが唯一の発病原因であることを必ずしも要しないものと解するのが相当である。これを本件疾病についてみれば、本件疾病たる高血圧症に起因する脳出血であるとの可能性を全く否定しえないとしても、その可能性は極めて少なく、むしろ、本件受傷の部位、程度、発病にいたる間の架橋症状(頭痛、めまい)と経過、原告の過去の症状、加療中における諸検査の結果本件疾病の症状などにてらし、外傷性遅発性脳出血ないし外傷性脳栓塞などによる蓋然性が極めて高度で医学上本件頭部外傷と本件疾病との間の因果関係が強く肯定されるところであるから、前記説示にてらし、本件疾病は業務上の事由によるものと認めるのが相当である。

五  以上のとおりとすれば、原告の疾病につき業務上の事由によるものではないとして労災保険法による原告の休業補償給付の請求を拒否した被告の本件処分は違法であることが明らかであるから取り消しを免かれない。

よつて、原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤平伍 神田正夫 三島いく夫)

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